
皆さん こんにちは。
皆さんと言うほど、閲覧されていませんが🙂
聖徳太子は〜である
を答える前に、触れておきたい人物を見つけまして、今回はそれを書きます🙂↕️
その人物は、日向君です⚽
蘇我 日向(そがの ひむか)
蘇我倉山田石川麻呂の子
別名 :身刺(むさし)
🧑💻「小次郎」じゃないんですね!
👰花嫁を連れ出すぞ
この日向君、婚約の当日に花嫁を連れ出しています💥
新郎は破竹の勢いの中大兄皇子です。
内容を見てみましょう🫱
「皇極紀」に拠れば、皇極天皇3年(644年)、日向の異母兄であった右大臣・蘇我倉山田石川麻呂の娘と中大兄皇子(後の天智天皇)が婚約した夜に、その娘と密通した。
この件で、日向が咎を受けた記録は無い。
🧑💻当時から、中大兄皇子は結構すごみがあったと思いますよ。
それを考えると、日向君もかなり根性入ってます💪
渡したくなかったんでしょうね〜
普通は、こんなことできませんから😣
さすが👏👏小次郎!!
違う💦違う💦むさし!!
ダスティン・ホフマン主演の「卒業」を思い出します。
1967年の映画です🎥
婚約した夜に連れ出すって、ドラマチックでかっこいいですけど、された方はこんな侮辱ないです😡
公にはお咎めなしとありますが、そんなわけないです。
5年後には、仲間を裏切った者になり、筑紫国へ隠流し(かくしながし)されます🛶
大化5年(649年)、日向は「石川麻呂が中大兄皇子を殺害しようとした」と讒言(ざんげん)、
軍を率いて石川麻呂を追討し、石川麻呂は自害して果てた。
その後石川麻呂の無実が明らかとなり、中大兄皇子は日向を筑紫国の大宰帥としたが、世間ではこれを隠流し(かくしながし)と評したという。
※讒言(ざんげん)
他人をおとしいれるために、目上の人や権力者に悪口や嘘を言って中傷すること。
裏切り者の烙印を押され、後世に語り継がれることになり、すでに 1300年経過してます…
この一件は、左遷か栄転か評価が分かれると言います。
当時の大宰府は外交の最前線。
裏切り者として遠ざけられたのか、あるいはその実力を買われて送り出されたのか……
巌流島ならぬ筑紫へ向かった、もう一人のムサシでした✈️
中大兄皇子はその後、蘇我の遠智娘や姪娘と結婚し、血筋をつなげていきます。
姪娘の娘・元明と草壁皇子が結婚して、時代は奈良時代へ突入していきます。
ここから系図のイリュージョンは、ようやく収まり 一本に繋がっていくと見ています。
日向君の晩年はどのように過ごしたか分かりませんが、ある意味 伝説作ったし、彼は彼なりに精一杯、あの時代を生きたのではないでしょうか。
蘇我家にこんな人物がいたことを伝えたくて、今回は日向君の事を書きました🥅✏️⚽