卑弥呼のお墓がたくさん


こんにちは。


暖かくなってきましたね🌸

今回も古墳です。


箸墓は、卑弥呼のお墓の可能性があるという話がありました。


それで、周辺にある卑弥呼のお墓かもしれない という古墳も調べてみました💻️



⚰️どこにあるんだ 卑弥呼のお墓



⚰️ホケノ山古墳

     前方後円墳 

⚰️西山塚古墳

     前方後円墳 

⚰️西殿塚古墳

     前方後円墳 

⚰️西山古墳

     前方後方墳 



少し調べただけで、こんなに出てきちゃうんです😵‍💫


邪馬台国の噂のある場所は、他にもあるので、卑弥呼のお墓とされる場所はもっとあるはずです。


卑弥呼は、役職名でしょうね💃




🏫学校の中にあるお墓


このお墓の中で、注目したのは西山古墳です⚰️


奈良県天理市杣之内(そまのうち)町の天理高等学校の敷地内にある。

別称はナガリヤマ(勾山)。


築造時期は古墳時代前期(4世紀)と見られており、杣之内古墳群の中でも最も古い時期に造られた古墳。


日本にある前方後方墳の中で


もっとも規模の大きいものである。


墳丘が3段に分かれ、最下段は前方後方墳、上2段は前方後円墳という特異な形をしている。



3段目前方後円墳(上)

2段目前方後円墳(中)

1段目前方後方墳(下)



🧑‍💻日本で最も大きい前方後方墳で、前方後方墳と前方後円墳が重なり合っています。


まるで 、時代が変わった事を象徴しているようです🤩





⛰️高橋山に日が昇る🌞



西山古墳について考察されている方がいらっしゃいました。


東海大学文学部歴史学科 北條芳隆さんの

「邪馬台国と弘法古墳」から学ばせていただきました。


インターネットで見ることができます💻️


すごいスケールの内容です👏👏👏

びっくりしました!!



西山古墳の軸線は、高橋山に向いているというのです。

高橋 山は地元の呼び方で、地図に載っていません。


石上神社は 石神神宮の元宮で、高橋と縁が深いといいます。


高橋山には石上神社があり、西山古墳から石上神社に線を引いてみました。




地図に「布留の 高橋」という場所があります。



布留川に架かる橋で、全国の「高橋」姓のルーツと言われます。



※布留の 高橋

https://maps.app.goo.gl/hSVS9B3GMrZoChDb8?g_st=ac



周辺には豊田城、豊日神社、豊満寺が豊井町にあり「石上」「布留」「 高橋」 「豊」があります。



もう一つ。



奈良市に「高橋神社」があります。


ここも以前から、高橋のルーツだと聞いていました。


確か、神をおろす時に、はしごをかけたので「髙橋」の苗字を賜った。と記憶しています。


調べると、こちらの神社は料理の神様が祀られていました。



古代に朝廷の食膳を管掌した膳氏(かしわでうじ)で、天武天皇13年(684年)、朝臣(あそみ)姓を賜った際、高橋と改称する。

Wikipedia

 


出ました☝️600年代!


乙巳の変から、約40年経ってます。



そして、高橋と料理が結びつきました🤝





🍽️お皿を用意してください

     


話を 百襲姫に戻します🍑



倭迹迹日百襲姫命に神が憑依し、名は「倭国の大物主神」と答えました。


物部連の祖・伊香色雄(いかがしこお)を神班物者(神に捧げ物をする人)にして、太田田根子に大物主神を祀られたところ、国に平穏が訪れました👏



この伊香色雄が作った神を祀る道具に「天の八十毘羅(やそびら)」があります。



これは 80枚の平たい皿です🍽️



何に使うのか と言いますと、神様と一緒にご飯を食べる時に使います🍚


天皇家にまつわる祭祀には、必ずと言っていいほど、平たい皿が登場し、この皿は物部氏(髙橋)と強く繋がっています。



「平」が出てきました👏





次は 家紋です。



高橋の家紋は笠を用いたものが非常に多い。笠は“竹を立てる”と書き、この竹を立てるという行為は、神様の通い道を設しつらえるという意味。神事の一環。



次は、です🎋



竹といえば、かぐや姫のルーツと言われる 京都。丹後半島にある竹野神社です。


以前私は、物部のルーツは丹後半島にあると書きました。




丹後半島には「天橋立」があります。



ここが高橋のルーツで、物部は平家だと思います。