
自分で出した宿題がありました。
こういう内容です。
🪷聖徳太子は〜である
🪷殺害したのは〜である
🪷その理由
SNS に投稿しなくても解いている方、いらっしゃるでしょうね。
私も重い腰を上げて、先ず本を調べてみました。すぐ上がってきたのが
関裕二さん 著書
「聖徳太子は蘇我入鹿 である」
あれっもう書いて…(・・;)
しかも 初版が 2012年です。
随分前に😅
本を読んでみると、太子の死亡日がいくつもあること、人の行動や記述の不自然さなど書かれていました。
関さんだけではなくて、他の歴史学者も疑っていた事が分かりました。
私のブログを読まれている方も「そうなんじゃないかな」と思われた方がいる思います。
私は古い文献は読めないし、読めたとしても いつになるんだっていう話で、素人だからこそ 持つ 疑問を書くつもりです。
それしかできないし🥴
今回 気がつけば、関さんの本を中心に調べています。他の方も読んでいますけど。
色々教えていただきました。
ここまで書けるのかと、命がけで書いているのが分かります。
👰実家に帰らせてもらいます
この時代 、2つの派閥が合間見えていました。
神道の物部 VS 仏教推進派の蘇我
ここから おかしいと思いませんか🙄
戦いですよ☝️喧嘩ですよ☝️
どうしてここに 喧嘩上等、百戦錬磨の藤原さんがいないんですか🤷
まずここで 疑問が湧きました🙏ということで、物部とはなんぞや!にいきます。
✈️丹後へ 里帰り👜
穴穂部間人皇女は、母方の実家が 丹後にあるということで 里帰りをしました。
このように🫱

この丹後の場所に、気になる神社があります⛩️
京都府与謝郡与謝野町石川にある
物部神社です。
Google に載っているコメントの一部です🫱
「野田川」下流域を起源とする「加悦谷」。
「丹後王国」発祥地とされ、その下流郊外に鎮座する社。
当地はかつて「物部郷」と呼ばれ、物部氏が本貫としていたようです。後に「石川村」と呼ばれるようになったとのこと。
ご祭神は物部氏の祖神である宇麻志麻遅命。
蘇我石川宿禰命とする説もあるようです。
本貫(ほんがん)︰一族の始祖が生まれた地や、その姓氏の発祥地を示す概念
与謝野の場所は、物部氏の発祥の地の可能性があります。
この地域は 石川です。
「石川」「野田」が出てきました!
石川く〜〜ん
見てる〜👋

次は 蘇我一族の系図を見てみます👀
武内宿禰命
↓
石川 宿禰命(蘇我氏の祖先)
↓
満智
↓
韓子
↓
高麗
↓
稲目
↓
馬子
↓
蘇我倉麻呂
↓
蘇我倉山田 石川麻呂(末裔)
蘇我氏の祖先と末裔の名前に 石川が入っています。
物部神社がある場所、 与謝野町石川。
日本海側には石川県がありますから、この流れを汲んでいると考えても不自然ではありません。
物部と蘇我は、敵対関係でしょうか?
私には同じ一族に見えます。
ここから、一般的に伝わっている話は、どこまで正しいのか?と疑問が湧きます。
全部は理解できなくても、ドラマや 映画などヒントを与えてくれているので、そこも交えて 考えてみます🙂
私も 関さんと同じように、入鹿は太子だと思っていましたが、調べると考えは変わりました。
一般的には、入鹿は馬子の孫になりますが、入鹿が太子になると、間にいる蝦夷はどうなる?という話になります。